経済学説

アダム・スミス

 アダム・スミスは古典派経済学の祖として知られています。
 古典派経済学とは、自由主義経済の下、国内的には自由放任、国際的には自由貿易を行うことを重視する考え方をいいます。
 アダム・スミスが著した「国富論」の中では、重商主義が特権商人を保護している点が批判されています。
 また、彼の説によれば、国家による経済介入のない自由競争市場でのみ「神の見えざる手」が作用といいます。その結果、資源の再分配と予定調和が実現され、国府が増大すると結論づけました。そこから彼は自由放任主義(レッセ・フェール)を主張しました。

デヴィッド・リカード

 デヴィッド・リカードは、アダム・スミスと並ぶイギリスの古典派経済学者の代表的な存在です。
 1817年に「経済学及び課税の原理」の中で比較生産説や自由貿易説を主張しました。これは、各国が得意なものを生産し、それを交換しあった方が利益になるとする理論です。

ジャン・バティスト・セイ

 ジャン・バティスト・セイは古典派経済学の学者の一人です。
 彼は1803年に「経済学概論」を著し、その中で販路説を説きました。
 販路説とは、需要と供給が一致しないときは価格調整が行われ、仮に従来より供給が増えても価格が下がるので、ほとんどの場合需要が増え需要と供給は一致する。それゆえ、需要を増やすには、供給を増やせばよいとする説です。
 販路説は彼の名にちなんでセイの法則と呼ばれたり、あるいは市場の法則ともいわれます。

カール・マルクス

 カール・マルクスの唱える経済学は社会主義学派(マルクス経済学派)と呼ばれます。
 マルクスは1867年に「資本論」を著しました。
「資本論」によると資本主義経済は、資本家が労働者から余剰価値を搾取する経済であるとしています。そこで、資本家と労働者による階級対立が存続し、かつ生産過剰による恐慌が発生するといいます。その結果、革命が勃発し、資本主義経済は崩壊し、社会主義経済に移行すると主張しました。

ジョン・メイナード・ケインズ

 ジョン・メイナード・ケインズによれば、資本主義の深刻な不況と失業を打開するためには、アダム・スミス以来の自由放任主義を捨てる必要があるといいます。その上で、国家が財政・金融政策などの手段により、積極的に有効需要を創りだす必要があるとしました。
 そのための手段として、
・低金利政策
・公共事業支出のための赤字国債の発行
・管理通貨管理の採用による通貨の弾力的発行
 などを主張しました。
 ケインズの理論は、大恐慌に苦しむアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領によるニューディール政策の強力な後ろ盾となりました。

ミルトン・フリードマン

 ミルトン・フリードマンは、それまで経済界で支配的であったケインズ理論を批判し、経済を動かす最大の要因はマネーサプライ(通貨供給量)であると主張しました。
 ケインズの理論では、国債を大量に発行することで財政赤字を生んでいます。そこでフリードマンは、国際で道路や橋を作るのではなく、支出を伴わない金利政策などで、通貨供給量を調整する景気対策を主張しました。これをマネタリズムといい、小さな政府を目指す考え方です。

サプライサイド経済学

 サプライサイド経済学とは、需要創出だけではなく、規制緩和や減税に伴って起こるベンチャービジネスや技術革新により、供給の拡大も合わせて実施すべきという考え方です。
 ただし、この主張が成り立つ為には生産したものが全て需要されると言う非現実的なセイの法則が成り立つ必要があります。そのため、この学派に対しては、大部分の経済学者から理論の正当性などに関する強い疑問が呈されています。

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