信教の自由

 信教の自由とは、宗教に関する人権の一つです。

 信教の自由は、以下の自由を保障しています。

信仰の自由

 宗教を信仰する・または信仰しないこと、信仰する宗教を選択・変更することについて、個人が自由に行える自由です。これらはあくまで内心の領域にとどまるのだから、他の人の人権と衝突しません。したがって、思想・良心の自由と同様、絶対的に保障されます。

宗教的行為の自由

 信仰に関して個人が単独・または他の者と一緒に、祭壇を設け、礼拝や祈祷を行うなど、宗教上の祝典、儀式、行事その他の布教などを任意に行う自由を意味します。
 これは、宗教的行為をしない自由や、宗教的行為へ参加を強制されない自由も含んでいます。

宗教的結社の自由

 特定の宗教を宣伝し、共同で宗教的行為を行うことを目的とする団体を結成する自由を意味します。ここでも、このような宗教的な団体に加わらない自由も保障されます。

信教の自由の限界

 信教の自由も絶対無制限のものではありません。
 宗教的行為の自由と宗教的結社の自由は、内心の領域にとどまりません。したがって、他の人の人権とぶつかり合うおそれがあります。

政教分離の原則

 政教分離とは、国家の非宗教性ないし宗教に対する中立性のことです。
 判例は、政教分離の原則の法的性質について、制度的保障であると考えています。制度的保障とは、一定の制度に対して立法によってその核心ないし本質的な部分を侵害できないという特別な保証を与え、制度それ自体を客観的に保障していくことをいいます。

政教分離の限界

 国家と宗教の分離はしなければなりません。しかし、現代の福祉国家の理念の下で、国家と宗教のかかわりを完全に排除することは不可能であるし、不合理です。
 したがって、国家と宗教との相当程度の関わり合いは認めざるを得ないのです。
 判例は、行為の目的が宗教的意義を持つかどうか、その効果が宗教に対する援助、助長、促進、または圧迫、干渉になるような行為かどうかという目的効果基準を主に用いて政教分離原則違反か否かを判断しています。

【判例】エホバの証人剣道実技拒否事件

判決年月日など

 平成8年3月8日・最高裁第二小法廷・判決

事案の概要

 神戸市の公立高校の一年生に「エホバの証人」という宗教を進行している生徒がいました。この宗教の教義には絶対平和主義があり、この生徒は必修科目の体育の剣道実技に参加しませんでした。
 これを理由に、この高校の校長は、この生徒の体育の単位を認定せず、留年の処分を2回連続で行い、退学処分としました。
 そこで、この生徒は学校側の対応が信教の自由を侵害するものだと主張し、各処分の取り消しを求めて提訴しました。

争点

 この事案では、学校側の処分が信教の自由に反しないかが争点となりました。

結論

 最高裁は、学校側による処分は裁量権の逸脱であり違憲違法なものであったと認定し、生徒側の主張を認めました。

この事案のポイント

 最高裁は、剣道実技の履修が必須のものとまでは言い難く、体育科目による教育目的の達成は、他の種目の履修などの代替で行うことも性質上可能としました。
 学校側の処分については、
「信仰の自由や宗教的行為に対する制約を特に目的とするものではなかったが、学生の信仰の自由に対して配慮しない結果となり、原級留置処分の決定も退学処分の選択も社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を超えた違法なものといわざるを得ない」
 として、処分取り消しを決定しました。

【判例】宗教法人オウム真理教解散事件

判決年月日など

 平成8年1月30日・最高裁第一小法廷・決定

事案の概要

 大量殺人を目的として計画的、組織的に毒ガスのサリンを生成した宗教法人に解散命令が出されました。この宗教法人の信者らは、解散命令は憲法20条1項が規定する信教の自由を侵害するものであるなどを理由に最高裁判所に特別抗告しました。

争点

 この事件では、宗教法人に対する解散命令は信教の自由を侵害するものではないかが争点となりました。

結論

 最高裁は、解散命令は合憲であるとしました。

この事案のポイント

 この宗教法人の宗教法人法違反に対処するためには、この宗教法人を解散させ、法人格を失わせることは必要かつ適切とされました。その上で、宗教法人を解散しても、信者の信教の自由を奪うものではないとしました。

【判例】津地鎮祭事件

判決年月日など

 昭和52年7月13日・最高裁大法廷・判決

事案の概要

 三重県の津市で、市の体育館を建てるのに際し、神式の地鎮祭を行いました。地鎮祭のために使用された費用は公金でした。
 この津市の行為は、憲法20条3項及び憲法89条に違反するとして市が起訴されました。

争点

 この事案では、政教分離の原則について多くのことが争点となりました。
 主なものは次の2つです。
①憲法20条3項が規定する「宗教的意義」は何を意味するか。
②本件「地鎮祭」は憲法20条3項に規定される「宗教的活動」に該当するか。

結論

①憲法20条3項の宗教的活動とは、宗教とのかかわり合いをもつ行為のうち、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉等になるような行為をいう。
②本件「地鎮祭」は宗教行為には当たらない。

この事案のポイント

 憲法20条3項には、
「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」
 とあります。
 また、憲法89条には、
「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」
 この事案は、憲法30条2項が禁止する「宗教的活動」は何かについて判断し、その後の先行事例となっています。

【判例】愛媛玉串料訴訟

判決年月日など

 平成9年4月2日・最高裁大法廷・判決

事案の概要

 愛媛県知事だった人物が、同県知事の在任中に靖国神社に対して例大祭に奉納する玉串料などの名目で13回、愛媛県護国神社に対して慰霊大祭に奉納する供物料の名目で9回にわたり、いずれも公金により支出していました。
 愛媛県の住民が、これらの行為は憲法20条3項および89条に違反するとして、県への損害賠償を請求しました。

争点

 この事案では、公金による玉串料などの奉納は、政教分離の原則に反するかが争点となりました。

結論

 最高裁は、公金による玉串料などの奉納は、政教分離の原則に反するとしました。

この事案のポイント

 最高裁は、津地鎮祭事件を踏襲した上で、以下のことを指摘しました。
・例大祭などは神社境内で行われる神道の重要な儀式であること
・県は他の宗教団体の同種の儀式に対して公費を支出していない
 以上のことにより、玉串料などの奉納は、慣習化した社会的儀式的行為とは言えず、その目的は宗教的意義を持つとしました。
 また、玉串料などを奉納する効果も、特定の宗教を援助、助長すると認めるべきともしました。これにより県と神社との関わり合いが社会通念上、相当される限度を超えるものであり、県の行為は憲法20条3項で禁じた宗教活動にあたるとしました。さらに、支出に関しても憲法89条に違反するという判決を出しました。

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