思想・良心の自由

 諸外国の憲法においては、思想・良心の自由が、きちんとした文面で記されているものは多くありません。信教の自由の一つとして保障されるのが一般的です。
 その理由として、
・内心の自由が絶対的なものと考えられていたこと
・思想の自由が表現の自由と密接に結びついており、表現の自由を保障すれば十分であると考えられてきたこと
 が挙げられます。
 しかし、我が国では明治憲法の時代に国が国民に特定の思想を強制した事例が少なくありません。そこで日本国憲法では、思想・良心の自由が特に重要視され、表現の自由や信教の自由とは別に独自の条文が設けられました。

思想と良心

 憲法19条では「思想」と「良心」が保証されています。これらの言葉の意味については、通説・判例では特に区別する必要がないとされます。
 諸外国の憲法では、良心の自由は概ね信仰の自由を意味します。しかし、日本国憲法では、憲法20条で信仰の自由を別にして保障しています。よって、良心の自由を狭く解釈する必要はありません。
 良心とは、思想のうちで倫理性の強いものを意味するにすぎません。「思想及び良心」とは、世界観、人生観、主義、主張など個人の人格的な面を広く含むと解釈されます。

保障の意味

 思想・良心の自由を侵害してはならないとは、以下の二つの意味として解されます。
 一つ目は、国民が、いかなる国家観や世界観、人生観を持っていようと、内心の領域に留まるならば絶対的に自由であるということです。つまり、心に思っているだけならば、誰にもそれは侵害する権利ありません。内心の思想に基づいて、国家権力が不利益を課したり、特定の思想を持つことの禁止はできないのです。
 二つ目は、国民がいかなる思想を抱いているかを国家権力が白状することを求めることを意味します。すなわち、思想について沈黙の自由が保障されているのです。

【判例】謝罪広告強制事件

判決年月日など

 昭和31年7月4日・最高裁大法廷・判決

事案の概要

 昭和52年、衆議院議員総選挙に立候補した候補者は、他のその選挙運動中にラジオ・新聞を通じて、別の候補者が県副知事在職中に、汚職をなした旨を公表しました。
 報じられた側の候補者は虚偽の事実の公表により名誉を毀損されたとし、名誉回復のために謝罪文の放送および掲載を求める訴えを提起しました。
 これに対して、報じた側の候補者は、謝罪広告の強制は憲法19条に違反すると主張しました。

争点

 この事案では、謝罪広告を強制することは良心の自由の侵害にあたるかどうかが争点となりました。

結論

 最高裁は、謝罪広告を強制することは思想・良心の自由の侵害にあたらないとしました。

この事案のポイント

 憲法19条には、
「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」
 とあります。
 最高裁は、「単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度」のものであるなら違法ではないと判決を下しました。

【判例】麹町中学内申書事件

判決年月日など

 昭和63年7月15日・最高裁第二小法廷・判決

事案の概要

 麹町中学校の生徒の一人が、受験した高校すべてが不合格でした。
 この生徒は、中学校から高等学校へ提出された内申書が受験不合格の原因であるとして、千代田区と東京都に対して、国家賠償法に基づき損害賠償を請求する提訴を提起しました。

争点

 この事件では、内申書の記載が思想・良心の自由を侵害するかどうかが争点となりました。

結論

 最高裁は、内申書の記載が思想・良心の自由を侵害にあたらないとしました。

この事案のポイント

 最高裁判所に、内申書は思想・信条そのものを記載したものではないことは明らかであり、内申書の記載に関わる行動によっては思想・信条が暴かれるものではないとしました。

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