特別な法律関係における基本的人権

 公権力と特殊な関係にある者については、特別な人権制限が許されると考えられています。それを正当化するために明治憲法以来用いられているのが、特別権力関係の理論です。
 公権力と特殊な関係にある者には例えば以下のような人々がいます。
・公務員
・被収容者

特別権力関係の理論

 特別権力関係の理論では、本人の同意や法律の規定によって成立する公権力と国民との特別な法律関係を「特別権力関係」という観念で捉えます。そのうえで、以下のような法原則が妥当であるとします。

法治主義の排除

 公権力は包括的な支配権(命令権、懲戒権)を有し、法律の根拠なくして私人を包括的に支配できる。

人権保障の排除

 公権力は私人の人権を法律の根拠なくして制限することができる。

司法審査の排除

 公権力の行為の適法性について、原則として司法審査に服さない。

特別権力関係の理論の問題点

 日本国憲法においては、法の支配(法治主義)や基本的人権の尊重を原理原則としています。そのため、明治憲法以来用いられてきた特別権力関係の理論には、各種の修正となります。
 また、特別権力関係の理論では、公務員や被収容者など性質の違う人々を一括りにして扱っています。しかし、これらの法律関係にある人々の権利の制限の根拠・目的・程度などはそれぞれ異なります。どの程度が制約されるのかは具体的に明らかにすることが求められています。

公務員の人権

 公務員は、公共の福祉による制約以外にも公務員であるがゆえの制約を受けると考えられます。
 公務員の人権については特に、以下のものが問題となります。

国家公務員の政治活動の自由の制限

 公務員は政治的行為をしてはならないと、国家公務員法102条1項に規定されています。
 判例では、
・行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼の確保という規制目的は正当
・その目的のために政治的行為を禁止することは目的との間に合理的関連性がある
・禁止によって得られる利益と失われる利益の均衡がとれている
 として、職務の性質にかかわりなく、一律に公務員の政治活動の規制は合憲としています。

公務員等の労働基本権の制限

 公務員は労働基本権も制限されています。
 現行法上、警察職員、消防署員、自衛隊員、海上保安庁員または刑事収容施設に勤務する職員は、団結権、団体交渉権、争議権の労働三権のすべてを制限されています。
 また、非現業の一般公務員は、団体交渉権と争議権が制限されています。そして、現業公務員は、争議権が制限されています。
 ちなみに、公務員における非現業と現業の違いは、要するに現場で働いているか否かの違いです。例をあげると、市役所など役所に勤めている人は非現業で、公有車や公営電車の運転手を務めている人などが現業の公務員です。
 公務員の労働基本権が大幅に制約を受けているのは、憲法が公務員関係の存在と自立性を憲法秩序の構成要素として認めていることにあるとされます。

【判例】全逓東京中郵事件

判決年月日など

 昭和41年10月26日・最高裁大法廷判決

事案の概要

 昭和33年の1月以降実施していた春闘のこと。全逓信労働組合の役員ら8名が、東京郵便局の従業員に対して、勤務時間内に食い込み職場大会に参加するように説得しました。その結果、38名の者が数時間職場を離脱しました。
 この行為は、郵便法79条1項の不郵便物不取扱いの罪にあたると起訴されました。
 全逓信労働組合の役員らは、公務員の争議権を認めないことは、憲法28条に違反すると主張しました。

争点

 この事案では、公務員に対して労働基本権を制限することは合憲であるかが争点となりました。

結論

 労働基本権は公務員にも保障されるとされました。

この事案のポイント

 憲法28条では、
「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」
 とあります。
 この事案の判決では、
「労働基本権は公務員にも保証され、その制約は内在的であり、全体の奉仕者であることは理由ではない。また刑事制裁については、これを許さない趣旨である。」
 とされました。
 つまり、国家公務員や地方公務員も、憲法28条に定められる勤労者であり、原則では労働基本権の保障を受けるべきと解されたのです。
 この判決により、全農林警職法事件の判決が下されるまで、公務員の労働基本権は緩やかなものとなりました。

【判例】全農林警職法事件

判決年月日など

 昭和48年4月25日・最高裁大法廷判決

事案の概要

 昭和33年、農林省職員で組織された全農林労組は警官職務執行法(警職法)改正に反対していました。そこで全農林労組の幹部5名は、午前中に時間内職場大会を開くため、組合員に正午出勤を指令しました。
 彼らの行為は、国家公務員法が禁じている争議行為を煽っているとされ、起訴されました。
 第1審では無罪、控訴審では逆に有罪となったので、幹部ら5名は上告しました。

争点

 この事件での争点は、公務員の一律かつ全面的な争議行為を禁止する規定は合憲かとういものです。

結論

 最高裁判所は、公務員の一律かつ全面的な争議行為の禁止について合憲である判決を出しました。

この事案のポイント

 憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対して及ぶものです。しかし、それを制限する国家公務員法の争議行為の一律禁止規定は、憲法18条と28条に違反しないとされていました。
 このような判決が出た理由は大きく分けて以下の2つです。
 第一に、一般の労働者が争議(ストライキなど)を起こせば、困るのは経営陣だけで済みます。しかし、公務員が争議を起こした場合、一般の国民が困ることになるからです。
 第二に、公務員は人事院制度により十分に守られているから争議を起こす必要はないという理由があげられます。
 この流れは現在まで続いています。現在のところ公務員法改正に向けて目立った動きはありません。

被収容者の人権

 刑務所などの被収容者に関しても、明治憲法以来に用いられている特別権力関係の理論はもはや通用するものではありません。
 被収容者の人権を制限する根拠も、憲法が収容関係とその自立性を憲法の構成要素として認める必要があります。
 その制限は、拘禁と戒護及び受刑者の矯正教化という収容目的を達成するために必要最小限にとどまるものでなければなりません。

【判例】よど号ハイジャック新聞記事抹消事件

判決年月日など

 昭和58年6月22日・最高裁大法廷判決

事案の概要

 昭和44年、国際反戦デー闘争などに参加し、凶器準備集合罪、公務執行妨害罪で起訴され、東京拘置所に勾留された者たちがいました。
 彼らは私費で読売新聞を定期購読していました。その折、昭和45年3月に赤軍派学生による「よど号」乗っ取り事件が発生。拘置所長は、新聞の乗っ取り事件に関する記事を墨で塗りつぶして配布しました。勾留者たちは「知る権利」を侵害されたとして、国を被告として、損害賠償請求訴訟を提起しました。

争点

 この事案では、未決拘禁者の閲読の自由を制限するのは違法であるかが争点となりました。未決拘禁者とは、有罪判決が確定するまで身柄を拘束されている被疑者・被告人のことです。

結論

 最高裁は、未決拘禁者の閲読の自由を制限することは違法ではないという判決を出しました。

この事案のポイント

 最高裁は、監獄(現在の刑事収容施設)内の規律や秩序の維持するために、放置できない程度の障害が生じる相当の蓋然性ある場合に限って制限が許されるとしました。

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